top of page
アセット 1_2x_edited.png

日時:2025年4月13日(日)13:30~16:00

会場:新潟日報メディアシップ2階 日報ホール

新潟日報みらい大学「ともに創ろう!にいがた ものと暮らしの物語」第1回公開講座を4月13日(日)、新潟市中央区の新潟日報メディアシップで開催しました。全国で古民家再生を手掛ける建築デザイナーのカール・ベンクスさんが、「古民家の価値と魅力」と題して基調講演。トークセッションでは「『住まう』と『もの』 作り手の想い」と題し、県内の住まいに関係する伝統工芸の担い手3人が、工芸品のルーツや今後の展望などについて意見を交わしました。

カール・ベンクス①.JPG
基調講演
『古民家の価値と魅力』

講師/カール・ベンクスさん

(建築デザイナー、カールベンクスアンドアソシエイト取締役)

古民家保存 もっと力を

 私が生まれる2カ月前に戦死した父は、絵画の修復師で日本文化の大ファンでした。家には浮世絵や印籠、根付け、脇差しなどがあり、日本文化についての本もたくさん集めていました。
 その中に(ドイツの建築家)ブルーノ・タウトの本がありました。彼は日本で3年ほど暮らし、日本の木造建築や職人を世界一だと褒めていた。こうした本を通して、日本の文化や建築に興味を持ったのです。
 第2次世界大戦で故郷のベルリンは多くの建物が破壊されました。戦後、古い建物を保存する法律ができ、教会なども再建されました。外国に行くと、パリやロンドン、ローマといった古い建物がある場所を大勢の人が訪れます。日本も古い建物をもっと保存しないといけないと思います。

カール・ベンクス��③.JPG

 ベルリンで建築デザインの仕事をした後、パリで起業し、1966年に空手を学ぶため来日しました。日大空手部で練習しながら、内装の仕事をし、70年の大阪万博のドイツ館を造る手伝いもしました。また、俳優の加山雄三さんの映画に、柔道選手としてエキストラ出演もしたんですよ。
 日本とヨーロッパで建築デザイナーとして活動し、日本の古材や職人の道具をヨーロッパに取り寄せて再建しました。床の間や床柱、茶室など現地のメディアでも取り上げられました。
 十日町市に住むきっかけは、飛騨高山の合掌造りのような伝統工法を使った建物を探す中で、松代の竹所を訪れ、すっかり気に入ったからです。建物もそうですが、スギの木や田んぼなど周囲の自然が気に入り、すぐに家と土地を購入しました。骨組みや構造はそのままに家を再生しました。

カール・ベンクス➁.JPG

 高齢化が進む限界集落ですが、最近は移住してくる人たちがいて、子どもも生まれています。楽しい雰囲気をつくって住民を増やしていかないといけないと思っています。
 地元の商工会から話があり、20年ほど前から町並みをきれいにするプロジェクトに取り組んでいます。外観は古びていても、骨組みはケヤキ材などで金具も使っていない。さびたトタンを外し、昔に戻って木を使い、緑や黄色など楽しい色の建物に再生しています。
 北方文化博物館(新潟市江南区)で、日本画家の東山魁夷の「古い家のない町は、想(おも)い出の無(な)い人間と同じである」という言葉に出合いました。古民家が減少している現状は本当に残念で、素晴らしい技術はみんなで守らなければいけないと思います。古民家を日本で、少なくとも新潟で守っていきましょう。

<カール・ベンクス> 

1942年、ドイツ・ベルリン生まれ。ヨーロッパと日本を中心に建築デザイナーとして活動し、93年、十日町市で購入した古民家を再生して移住。日本での古民家再生数は60軒以上に上る。

トークセッション
「住まう」と「もの」 作り手の想い

パネリスト/

《加茂桐箪笥》酒井 裕行さん(酒井指物代表)

《門出和紙》小林 康生さん(越後門出和紙代表)

《白根仏壇》笠井 俊裕さん(笠井仏壇工芸代表)

コーディネーター/

山田 孝夫 新潟日報社論説編集委員

トークセッション①.JPG

-まず自己紹介を。

酒井裕行さん.JPG

酒井さん)
40歳、たんす業界では最年少の世代。17年前に業界に入り、田上町のたんす店で6年間修行して三条市で独立しました。新品が売れず、古いたんす修理の需要が増える中、リメーク、再生に特化しています。

小林康生さん.JPG

小林さん)
私で5代目になる(柏崎市の)門出和紙の紙屋で、10年前までは紙すきの親方でした。若手に職人の仕事を引き継ぎ、今は作家というのか、出来上がった素材をどう使うか考えています。

笠井俊裕さん.JPG

笠井さん)
新潟市南区で家業の白根仏壇を製造しています。日常生活でわれわれが手を合わせるのは、食事の前後と神棚やお仏壇くらい。自分が携わる仏壇について、少しでも知ってほしいと思っています。

-それぞれの伝統のルーツを紹介してほしい。

笠井さん) 

江戸中期、宮大工の長井林右エ門が京都方面から技術を伝え、18世紀後半には木地師、彫刻師、金具師、蒔絵(まきえ)師、塗箔(ぬりはく)師による分業体制が確立しました。明治の終わり頃、白根仏壇組合ができて仏壇産業発展の礎が築かれるですが、戦争の影響で一時衰退しました。その後、高度経済成長期に需要が増え、旧白根市時代の1980年に「新潟・白根仏壇」として国から伝統的工芸品の認定を受けました。

酒井さん)

 江戸後期に今の桐たんすの形が出来上がりました。加茂市周辺の山から切り出した天然桐を、加茂川で加茂まで運び、製材、加工して、舟で新潟や東北、北海道へ運びました。加茂箪笥(たんす)協同組合加盟社は75年前の156から現在は12まで減りましたが、商工会議所に登録する木工関係企業は74社あります。加茂は木工に携わる方がたくさんいる「木工のまち」です。

小林さん)

 和紙というのは明治になって和食とか和服のように発生した言葉です。私は子どもの頃から「生紙(きがみ)」と呼んでいました。紙の材料はコウゾやミツマタなどの皮。コウゾ100%のものを純コウゾと言っていましたが、今売られているのはほぼパルプ100%、機械で作った和紙風の和紙です。残念ですが和紙の概念は消滅しました。ですが、皮には植物の光沢や風合いの良さ、強靱(きょうじん)さがあります。今着ている作務衣(さむえ)は自分ですいた紙で作りました。洗濯でき、綿と変わらず扱えて5年は着られます。

-現在の取り組み、ものづくりに懸ける思いとは。

小林さん) 

 親方を引退し、次世代に渡していく時期に来たので、以前なら断るような仕事も引き受けています。国内外でいろいろと製作する中で、古いものと斬新なものを両方やるのが、これから伝統をつなぐ人には避けられないと思う。そうしないと残っていかないだろうと思います。

笠井さん)

 長い年月を経た仏壇や仏具を新品同様にする「お洗濯」では、お客さんの思いを強く感じます。すすやほこりは長年大切に扱われてきた証しだし、解体すれば昔の職人の仕事ぶりが学べるんですね。小学校で蒔絵の体験授業をするなど、地域の皆さんに知ってもらう活動もしています。

酒井さん)

 自分に寄せられるのは「住宅事情やライフスタイルの変化でそのままでは置いておけない」「婚礼だんすや大切な形見は残しておきたい」という要望です。思い出のある古いたんすをチェストや仏壇、テレビボードなど今の生活に合ったものに再生させる。くぎを使わず、ほぞとほぞを組み合わせる伝統工法を用いるよう心がけています。

-作り手として考える「これからの暮らしともの」とは。

笠井さん) 

 寺と檀家の関係が希薄になっています。仏事について仏壇店が双方をつなぐ役割をしたいと考えています。仏間のない家が増え、従来型の仏壇がかなり減っている。手に取りやすいサイズの仏壇や、漆で塗り上げた宝石箱など仏壇の技術を生かしたものを身近に提供していきたいです。

酒井さん)

 「木工のまち・加茂」を盛り上げようと若手が動き始めました。里山再生や廃校を活用した人の流れづくり、産学官が連携した学校での出前授業など、やりたいことは山ほどあります。最終的には職人の養成学校を作りたいです。桐たんすの技術を通して人づくりをしていかないと、産業自体が途絶えてしまうと感じています。

小林さん)

 私が中学の頃、150軒あった門出集落は80軒を切りました。風土の中で紙を作ってきたのに集落がなくなっては意味がない。集落をどう残すかに時間を使っています。今月オープンの「かみわさこきの家※」は、集まった人たちが和紙を染めたり、明かりを作ったり、好きなことをして楽しむ工房です。長く紙作りをしてきましたが、和紙のことを分からない人が多い。誰でもできる。ぜひやってみてください。

 

※4月20日(日)にオープンした「かみわさこきの家」。「わさこき」とは高柳の方言で「技こき(工作好き)」という意味。

ホワイエでは伝統工芸品の展示も

第1回公開講座に合わせ、日報ホールのホワイエでは県内伝統工芸品の展示も行われました。

再生の道確かなものへ 

 戦前、戦後にかけて民芸運動をリードした柳宗悦の著書「手仕事の日本」には、次の文章がある。「伝統を尊ぶということは、ただ昔を繰り返すということであってはなりません。それでは停滞を来し、また退歩に陥ったりしてしまいます。(伝統にも)創造と発展がなければなりません」

トークセッション➁.JPG

 今回のみらい大学に登壇した4人は、地域の遺産や工芸をどう再生させるかを熱心に語った。聞いていて、柳の言葉が重なった。

 3人のトークセッションの終盤では、仕事に対する姿勢の違いや悩みも打ち明け合った。笠井さんは今どういう仏壇が求められているのかを小林さんや酒井さんに率直に尋ねた。

 閉会後、「いいヒントをもらった」「また話を聞かせて」と言い合う姿が印象に残った。作り手同士が刺激し合って輪が広がり、再生の道がさらに確かなものになるのを期待したい。

​新潟日報社論説編集委員 山田孝夫 

来場者の声

<工房を訪れてみたい>
「伝統工芸のそれぞれの分野のプロフェッショナルが、さまざまに考えながら活動しているのだと参考になった。門出和紙や加茂の桐たんすなどに興味を持ったので、ぜひ工房も訪れてみたいと思う。」

(新潟市江南 60代男性)

来場者の声

<素材の生かし方共感>
 「伝統的な技術を用いて創作をしているので、デザインやものづくりのヒントを得られると思い、参加した。皆さんが素材に耳を傾け、素材に合ったものづくりをしているという話に共感した。」
(長岡市30代女性)

bottom of page